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イウナレバー
二次創作とかのテキスト。(一部の)女性向け風味かも。
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「いやいやいや、随分濡れちゃったすねー」
「本当びっくりだよね。いきなり降ってくるんだからさ……寒い寒い」
 映画館帰りに感想を言い合うような調子で喋りながらバンに入ってきた二つの声に、助手席に座っていた門田が振り返る。
 一段濃い色に変わっている服は、つい先ほど降ってきたばかりの雨のせいなのだろうか。車の中にいたために気付かなかったが、そういえばずいぶんと雨足が強くなったような気もする。
 なにを言うでもなく二人を見ていた門田に、遊馬崎が意気揚々といつも背負っているリュックサックを掲げてみせる。
「あ、安心してください門田さん。本は見事死守してみせたっす!」
「なにしろルナティック・ムーン最終巻だし。ブギーも買ってきたけど、ドタチン読む?」
「いらねえ」
 そう、と狩沢が心底残念そうに言いながらドアを閉める。その隣でリュックサックを席に置き、無駄にいとおしそうな視線でそれを見つめる遊馬崎。
 もはやつっこむのも馬鹿らしくなりかけた門田が、しかし座席の状況を見て眉根を寄せる。
 二人の服から落ちた色がカバーに染み込み始めている。
刻一刻と広がる、黒と緑の染み。
「あんまり車汚すんじゃねえぞ」
「んなこといったって、こればっかはどうしようもないっすよ。この辺にコインランドリーってあったっすか?」
「私は知らない。渡草さん車回してー、……って渡草さんは?」
「お前らが全然帰ってこないっつーんで、ついさっき飲むもん買いに行った」
 ちらりと首を動かした先の、誰も座っていない運転席。
 こいつら相手に完全な一対二で対応しなくちゃいけねえのか、という念のこめられた門田の舌打ちに、狩沢のため息が重なった。普段の倍ほどの重さを持っていそうな黒いキャスケットを頭から外し、それを手で弄びながら呟く。
「困ったねー。なんか北欧のとある国のとある森って感じ? つまり寒いわけよ」
「ボトルの子供な美少女姉妹が大量生産っすね! フェルトは勘弁すけど」
「なんで!? いいじゃんフェルト、萌え! まあエルマーとチェスの会話には負けるけどー」
「もうなに言ってんのかわけわかんねえよ」
 門田があきれ果てて身体を元通り前に向けると、後部座席からくしゃみと、鼻水をすする音が響いてくる。
「寒いー、寒い寒い寒い」
「寒いと思うが自閉、できねえっすよこれじゃ」
「寒いー寒いー寒いー」
「寒いぃー、さーむいー」
 合唱を始めた二人を根性で思考から外し、フロントガラスに映る風景だけを見つめ続ける。
 門田が考えていたよりも雨は随分と強くなっていた。下手をすれば傘を差していても濡れてしまうかもしれない。今通ったカップルは相合傘をしていたが、服が濡れ始めていた――一人用の傘に二人が入っているのだから当然といえば当然だが。
 サイモンはこの雨の中傘もささずに客寄せを続けていた。風邪を引かないのかと思ったが、……きっと引かないのだろうと、視線を次に移す――あの猫柄の傘を差しているのは例の黒バイクか? 黒地に猫の、可愛いといえば可愛いような――他人のセンスにけちをつける気もないが、しかしなんというか。大体、バイクはどうしたんだろうか――
「ぉわ!?」
 首を、氷を押し付けられたような冷たさが襲った。
 素っ頓狂な声を上げて反射的にシートから身を離すと、同じような感触が背中の方にまで滑り込む。
 なんとも言いがたい怖気に門田は沈黙し――その分を補うかのように、狩沢と遊馬崎が騒ぎ出した。
「やっだードタチンあったかーい! ていうかゆまっち本当に冷たいね?」
「体質なんだから仕方ないっすよ。にしても人肌って温かいすね……あ、狩沢さんずるいっす!」
「えへへー腕ゲーット。でもさでもさ、こっちだと微妙に温まりにくいよね」
「お前らやめ、ちょ、俺まで濡れちまうだろうが!」
 べたべたと身体を触り始める水気の発信源を振り払おうとするが、数で負けているせいなのか、暖を取りたいために馬鹿力を発揮しているのか。
 二人は全く離れる気配を見せない。
 それどころか、なんとなく、身体が宙に浮いている気がする。
「な、お前ら馬鹿か! 危ないからやめ――」
「こっちに持ってくりゃ平等になるっすかね」
「なるなる、人類皆平等だよ」
「平等になんにもしないんすか?」
「なんて素晴らしい神様なんだろうね!」
 後部座席へ強制的に移動させられながら、意味は分からないが成り立っているらしい会話を右から左へと流しつつ――門田は力の限り叫んだ。


「いい加減にしろ―――――っ!」


 結局全身濡れ鼠になって怒気を発している門田と寒い寒いと言い続ける二人。
 そして二人の服の色が染み込んだ座席を、ペットボトルの緑茶を片手にした渡草が見つけ、ドアに続く新たなストレスを溜め込むことになるのは――
 あと、数分後の話。
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