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イウナレバー
二次創作とかのテキスト。(一部の)女性向け風味かも。
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 疎子からの電話があった。深夜も一時だと言うのにベルの音で起こされた私の不機嫌とは裏腹に、疎子はひどく興奮した様子でまくし立てるように語る。口数は多かったが、要約すると「すごいものを見つけた」というだけのことらしい。
「すごいとはいうけれど、どんなにすごいのか、どうもピンと来ないんだが」
 訊くと疎子は電話を切って、それから少しした後、画像を添付したメールの到来を告げるベルの音が私の眠気を粉々に砕いた。メールで送るくらいなら、最初から電話なんかかけなければ良かったのだ。不満に震える私の心は、画像を開いた瞬間に鎮まった。画像には、緑色の肌をした人間が映っていた。
 疎子は、その人間を飼育することにしたという。人間を育てるのはいろいろ大変じゃないかと問うたが、もう市役所に飼育許可の届けは出したから大丈夫だそうだ。泣き喚く緑の人を無理やりに病院へ連れて行き、予防接種も受けさせたという。大変に用意がいいので、人間を育てるにも安心だな、と思った。
 しかし次の日、私の家を尋ねてきた疎子の懐には、緑色の生首が抱えられていた。「なに、それ」「みどりくんの生首」みどりくんと名づけられていたらしいその生首は、びい玉みたいな模様の瞳をくるん、と動かして見せる。画像の中では人間の形をしていたのに、なぜ手足と胴体を失ってしまったのだろう。
 私にメールを送ってからしばらくして、みどりくんは急に暴れだしたのだそうだ。それを疎子のお父様が全力で抑えたところ、勢い余って首が千切れ飛んでしまったのだとか。「だからこの生首は君にあげよう」「いいの、疎子さんは生首もお好きだのに」「母がみどりを気味悪がるんだ」それはそうだろう。
 緑色の生首を受け取る。思ったよりもふわりとして軽いその首を抱えなおす内に、疎子はさっさと帰ってしまった。仕方なく戻った自室の中で、みどりの焦点が合わない瞳に話しかける。「何が食べたい?」みどりはぱくぱくと口を動かして、けれど声は出さなかった。それはそうだ、だって肺がないんだから。
 ネットで検索をかけても(生首 育て方)、一向にヒットしない。仕方なく彼には私の昼ごはんに相当する菓子パンと牛乳を与えることにして、私はそれをぼんやりと眺めることにした。緑色の生首は、牛乳を飲むべく必死にストローを口唇に収めようとしている。この緑色、光合成はできるんだろうか?
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「演劇なんか複製だ。既成の脚本なんか使ったら、よその劇団の複製にしかならない。ウェルメイドなレディメイドさ」うまいこと言うね、褒めてやると彼女は笑顔の仮面を自分を顔に当てて、そっと手を離した。仮面はふらふらと揺れていたけれど、その内に馴染んだらしい、最後にはぴったり収まった。
「既成じゃなきゃいいの?」と訊いてみると、「既成じゃないアイデアなの?」と訊き返される。仮面に遮られたせいで彼女の声は篭っていて、なんだか随分と遠くから聞こえているみたいだ。「誰かのアイデアの複製だ。独創性なんてちゃんちゃらおかしい。おかしくて涙が出る」彼女の手が机に伸びる。
 机の上には三十個の仮面が並んでいる。どれも色は付いていなくて、百貨店のマネキンによく似ていた。泣き顔の仮面を取った彼女は、仮面の上に仮面を添える。じゅう、と何かの融ける音が聞こえる。仮面はぐちゅぐちゅと粘っこい音を立てながら蠢いて、彼女の顔の上に収まった。私はそうっと目を逸らす。
 四かける九=だから三十個だった仮面は、二十九個になってしまった。「お絵かきだって複製だ。書いた文字だって複製だ。トイレの便器と同じ。なにも変わらない。いくつあったって同じだ」彼女の手が仮面の数を二十八個にしてしまう。彼女の表情はぐじゅぐじゅ融ける音と一緒に、天使のような無表情になる。
 二十八個の内の一つをそっと持ち上げると、思っていたよりもいくらか重たくて、勢い仮面を取り落としてしまった。「ごめん!」くるんとひっくり返った仮面の内側には、緑色の水玉模様が描かれている。彼女の隠れたお洒落ぶりに感心してよくよく見てみると、緑色の水玉模様は、前後左右に蠢いていた。
 水玉模様が膨らんで、ゆっくりと伸びていく。それは尺取虫のような形をしていた。宙に向かってぞるりと伸びて、にゅるんと頭を引っ込めて、またぐいっと背伸びをする、前後運動を繰り返しながら、着実に成長している。仮面の裏に生みつけられた卵が一斉に孵ったかと目を丸くする私の頭を、手が覆う。「君だって複製だよ」
 私の顔が、尺取虫だらけの仮面に押し付けられる。尺取虫は私の皮を溶かすので水玉状の痛みが広がって、叫ぼうとしたら口の中にも尺取虫が這入ってきたのであわてて口を閉じた。唇に穴が開いて、こめかみに何か冷たいものが入ってくる。冷たいものは私の暖かさで、緩やかに温まる。
 温かいものが私の三半規管を食べながら脳へ進んでいく感触がこそばゆくて微笑むと、彼女は私の鞄を勝手に持ち出し、私の家へと帰ろうとした。窓ガラスに映った私の顔にくっついた仮面は彼女の顔にくっついているのと同じだ。「どうせ複製。分かりやしないさ」このままでは、私が盗られてしまう?
 頭の中で音がする。柔らかいなにかを行儀悪く食べ散らかす時の音だ(ぐちゅぐちゅ)。私は彼女と向かい合って、彼女の仮面に人差し指をかけた。一番下の仮面に指を引っ掛けて、勢いよく引っぱる。彼女のどこかに繋がっていたのだろう緑色の糸が、ずる、と角栓みたいに引きずり出された。緑色の糸は、緩くのたうっている。
 彼女の顔は焼けた太いアイスピックで突き刺したみたいな穴ぼこだらけで、硫酸をかけた上からイカの塩辛をかけたみたいにどろどろだった。目がどれで鼻がどうで耳がどこだか訳も分からないくらいにどろどろな彼女は、鋏で切り裂いたみたいにくぱぁっと口を開けて、「ほうら、人間みたいだろ」と笑う。
 意味が分からなかったので緑色の糸が元気よく蠢いているのをそうっと彼女の口に入れてあげると、彼女は泣いて喜んで、ようやく彼女の目がどれなのかが分かった。脳味噌の辺りがぐちゃぐちゃになって、なにも考えられなくて気持ちがいい。
 複製のままで死ぬのも悪くないな、と思った。
 こんな夢を見た。知人と服を買いに下北沢まで行くのだ。今夏はひどく暑いのでTシャツと七分丈の何がしかを着てばかりいるという話しをしたところ、夏のおしゃれ着を買いに行こう、という話になった。「おしゃれは組み合わせが命だからね。夏の洋服を一式持っておいで、合いそうなのを見繕ってやろう」
 それはそうだと頷いて、幾許かの服を巨きな紙袋に詰め込んだ。あまりの巨きさに青息吐息で下北沢まで辿りつき、おしゃれな衣服を見につけた知人と共に徘徊する。とある店で「君に似合いのはないね」と、自身の服を探し始めた知人の背を見て、ふと思った――私の求める服は、八王子にあるのではないか?
 ふらふらと駅へ入り、ちょうど来ていた電車に乗る。八王子へは急行なら一駅で着く距離だったから、さほどの勇気がいる行動ではなかった。携帯電話を開くと、知人からどこにいるのか尋ねるメールが来ている。「ごめん、うっかり八王子行きの電車に乗っちゃった」「そっか。じゃあ今から行くね。八王子」
 八王子に着くと、見知った顔を見た。高校時代の友人であるとと子だ。「あれ、××ちゃん。なにしてんの」「おしゃれ着買いに来た」「その紙袋は」「私の服」「ふうん」大した興味もなさそうな態度とは裏腹に、とと子は「中身見てもいい?」と尋ねてくる。応を出すや否や、彼女は服を検分し始めた。
 「あれ?」半分程を披いたところで、とと子が素っ頓狂な声を上げた。紙袋の中身を覗くと私の声帯も「おお」と震える。色鮮やかなミシシッピーアカミミガメが、冬眠でもしているかのように埋もれていた。私の知る冬眠と違うのは、首が甲羅に収まることなく、でれんと力なく伸びきっていることだった。
 「こないだ八王子で遊んだ時に紛れ込んだのじゃない」と言うとと子に頷く。八王子にはミドリガメが多い。視界の端の花壇からも、夏の陽気で冬眠から覚めたミドリガメがうごうごと顔を出していた。電車の発着音が聞こえる。知人が電車から顔を出したのと同時に、紙袋の中の亀がはたと首を持ち上げた。
 「あれ」今度は私が素っ頓狂な声を上げた。首の付け根から、黒い何かが覗いている。蟻の後ろ足に似ている……と思うが早いか、亀は足を動かして這い始めた。足の付け根からも蟻の足が見える。一本二本ではない、三本、四本、いや、付け根だけじゃない。皮膚を突き破って、幾つかの足が蠢いている。
 その瞬間、亀はすくと立ち上がった。身の丈の半分ほどもある首を駄々っ子のように振り回し、腕を歩行とは無関係にばたつかせて、猛然と紙袋を折り曲げ、外の世界へ飛び出していく。身体中に蠢く蟻の足と同じ速度でばたばたと、あらゆる部位をてんでばらばらな調子で動かしながら、亀は醜く進んでいた。
 「蟻というより、蜘蛛に似ている」奇怪な歩き方に理解の出来ない恐怖を覚えながら、やっとのことでそう吐き出すと、とと子は「ゴキブリみたいだ」と小さく呟いた。一部始終を知人に聞かした所、「そういう生き物だったんだろ。早く買い物に行こう」と急かされたので、それもそうだと紙袋を取り上げた。
 寒いねえと僕の名を呼び楽しそうに笑うあなたは僕をひどく不愉快にする。静まり返った水面にぼんやりと沈んでいた心持ちどもが梃子のようなもので浮つかされて、具合の悪い音を立てて弾む波紋は心臓を叩き血の管を通って脳漿を震わす。不愉快だ。脳漿を侵した波紋の残りかすが僕の口端を引きつらせ、それに気を良くして話を続けるあなたの瞳は飽くこともなくきらきらした何かを映しているので僕の口端はますます引きつる。僕はきらきらしていない。不愉快だ。
 きらきらしたそれが何であれ、僕の心臓は叩かれつづけるのだし、血の管には脳へと延びる弧の軌道が残るのだし、脳漿は包むべき臓物にぐらぐらといかがわしい酩酊感を与え続けるのだけれど、そんなのはただ息苦しいだけだ。息をつけばそれで解消される。けれど、そうと分かっていてもなお、その息苦しさが僕だけを一方的に責め立てているのが許せない。僕のために責められる人のないことが許せない。あなたも責め立てられているのだろうか? だとしたら何のために、あるいは、誰のために。
 窓ガラスを割り火を付けて、全部まとめてだめにしてしまったら楽しいだろう。消防車も消火器も燃やしてしまって、コンクリートだって白濁した火群でどろどろに溶かしつくして、乾いた土の上に立った僕とあなたと繋がる宛のない電子機器一揃いとで目的を見失って死ぬまで困惑したらいい。でなければそう、僕と親指先ほどの人骨と埃蜘蛛みたいな針金の塊とで目的を達成した心地良さで死んでしまえたらいい。
 そうして初めて僕とあなたは同じようになれるのだろう。
 楽しそうに笑うあなたのために沸々と膿んだ不愉快をかさぶたの下に押し込める、僕の瞳にはきらきらしたあなたが映っている。不愉快、だ。
 こぽこぽ、ってね、音がしたんだ。水の中に閉じ込めといた空気が、水面に向かってぐらぐら昇っていくみたいな音。ミントアイスみたいな甘い色をしてて、それを聞いたら、君の事を思い出した。君はこういう甘ったるい音が大好きだったから、きっと持っていったら喜んでくれるって、思ったんだよ。
 だから僕、その音を集めてさ、円盤の中に詰め込んだんだ。それを見てた僕の友達が「こぽこぽだけじゃ味気ないんじゃないか」って言うから、それもそうだなあって思ってね、海水のふやふやしたやつを汲んできて、まっくらな夜の小さな灯りをひとつずつ丁寧に拾い集めて、円盤の中に一つ一つ丁寧に流し入れたんだ。
 だからこの円盤を回すと、素敵な音が聞こえるはずだよ。夜色混じりのやらしいピンク、目玉をいじめるLED。君の好きなミント色はすっかり融けて、ソフトフォーカスのせいで甘さの輪郭はどろどろしている。君の事を思い出したよ。甘くて、胸焼けがして、目玉に刺さって、視界が霞む。
 ぽとぽと、ってね、音がしたんだ。僕は円盤の中に飛び込んで、息の続く限り叫んだよ。ああ、ああああああああ、あああああ。僕の声は水の中で爪弾きにされてがぼがぼがぼって溺れた人の断末魔みたいにして消えて、「なにやってるの」って息を吐いた僕の友達の足元にあった誰かの涙は丸い形の染みになってて、それを見た僕はようやく思い出すことができたんだ。こぽこぽって、あれ、君の音だ。くらくら甘い、水面に向かう、僕から離れる、大好きなもの。見たくない音。聞きたくない色。水玉模様の、揺れる音。
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