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イウナレバー
二次創作とかのテキスト。(一部の)女性向け風味かも。
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「演劇なんか複製だ。既成の脚本なんか使ったら、よその劇団の複製にしかならない。ウェルメイドなレディメイドさ」うまいこと言うね、褒めてやると彼女は笑顔の仮面を自分を顔に当てて、そっと手を離した。仮面はふらふらと揺れていたけれど、その内に馴染んだらしい、最後にはぴったり収まった。
「既成じゃなきゃいいの?」と訊いてみると、「既成じゃないアイデアなの?」と訊き返される。仮面に遮られたせいで彼女の声は篭っていて、なんだか随分と遠くから聞こえているみたいだ。「誰かのアイデアの複製だ。独創性なんてちゃんちゃらおかしい。おかしくて涙が出る」彼女の手が机に伸びる。
 机の上には三十個の仮面が並んでいる。どれも色は付いていなくて、百貨店のマネキンによく似ていた。泣き顔の仮面を取った彼女は、仮面の上に仮面を添える。じゅう、と何かの融ける音が聞こえる。仮面はぐちゅぐちゅと粘っこい音を立てながら蠢いて、彼女の顔の上に収まった。私はそうっと目を逸らす。
 四かける九=だから三十個だった仮面は、二十九個になってしまった。「お絵かきだって複製だ。書いた文字だって複製だ。トイレの便器と同じ。なにも変わらない。いくつあったって同じだ」彼女の手が仮面の数を二十八個にしてしまう。彼女の表情はぐじゅぐじゅ融ける音と一緒に、天使のような無表情になる。
 二十八個の内の一つをそっと持ち上げると、思っていたよりもいくらか重たくて、勢い仮面を取り落としてしまった。「ごめん!」くるんとひっくり返った仮面の内側には、緑色の水玉模様が描かれている。彼女の隠れたお洒落ぶりに感心してよくよく見てみると、緑色の水玉模様は、前後左右に蠢いていた。
 水玉模様が膨らんで、ゆっくりと伸びていく。それは尺取虫のような形をしていた。宙に向かってぞるりと伸びて、にゅるんと頭を引っ込めて、またぐいっと背伸びをする、前後運動を繰り返しながら、着実に成長している。仮面の裏に生みつけられた卵が一斉に孵ったかと目を丸くする私の頭を、手が覆う。「君だって複製だよ」
 私の顔が、尺取虫だらけの仮面に押し付けられる。尺取虫は私の皮を溶かすので水玉状の痛みが広がって、叫ぼうとしたら口の中にも尺取虫が這入ってきたのであわてて口を閉じた。唇に穴が開いて、こめかみに何か冷たいものが入ってくる。冷たいものは私の暖かさで、緩やかに温まる。
 温かいものが私の三半規管を食べながら脳へ進んでいく感触がこそばゆくて微笑むと、彼女は私の鞄を勝手に持ち出し、私の家へと帰ろうとした。窓ガラスに映った私の顔にくっついた仮面は彼女の顔にくっついているのと同じだ。「どうせ複製。分かりやしないさ」このままでは、私が盗られてしまう?
 頭の中で音がする。柔らかいなにかを行儀悪く食べ散らかす時の音だ(ぐちゅぐちゅ)。私は彼女と向かい合って、彼女の仮面に人差し指をかけた。一番下の仮面に指を引っ掛けて、勢いよく引っぱる。彼女のどこかに繋がっていたのだろう緑色の糸が、ずる、と角栓みたいに引きずり出された。緑色の糸は、緩くのたうっている。
 彼女の顔は焼けた太いアイスピックで突き刺したみたいな穴ぼこだらけで、硫酸をかけた上からイカの塩辛をかけたみたいにどろどろだった。目がどれで鼻がどうで耳がどこだか訳も分からないくらいにどろどろな彼女は、鋏で切り裂いたみたいにくぱぁっと口を開けて、「ほうら、人間みたいだろ」と笑う。
 意味が分からなかったので緑色の糸が元気よく蠢いているのをそうっと彼女の口に入れてあげると、彼女は泣いて喜んで、ようやく彼女の目がどれなのかが分かった。脳味噌の辺りがぐちゃぐちゃになって、なにも考えられなくて気持ちがいい。
 複製のままで死ぬのも悪くないな、と思った。
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