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イウナレバー
二次創作とかのテキスト。(一部の)女性向け風味かも。
×

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アパシー鳴神学園都市伝説探偵局っていう、
キャラクターはとてもかわいいんだけど
いかんせんまったく怖くないホラーゲームがあってね。

アパシー版学校であった怖い話の二次創作です。

とりあえず
・主人公の賽賀くんはいろいろあってオカ研所属
・オカ研には不思議能力持ちがそろっている
・賽賀くんは相手が嘘をついているか見分ける能力持ち
・柴田くんは賽賀くんの友達で一般人。いい子
・丈くんは五百円玉と女の子と自分が好き
・丈くんは学園でも知名度の高い変態
↑これだけ分かってればプレイしたも同然。

とにかく長いので折り畳みます。
本文は追記から。



「なんて美しいボクの部屋!」
 コロコロ片手に姿見の前でポーズを決める男の横顔を目にした次の瞬間、俺は扉を閉めていた。
 目の前にした光景の意味不明さに感想を抱くよりも早く、一体この状況からどうやってこの男に声をかけたらいいのかと途方に暮れるよりも先に、俺の本能はなにも見なかったふりをすることを選択したのである。
 俺と並んで室内の様子を目にした柴田もまたしばらくの間絶句していたが、やがて沈黙に耐え切れなくなったのか、搾り出すようにして声を吐いた。
「……し、閉めちゃだめだろ」
「なんで」
「なんでって。そりゃ、お前、閉めたままじゃ話聞けないだろ。ここまで来といてなにも聞かずに帰れるかよ」
 都市伝説の検証とかどうでもいいからこの扉二度と開けたくねえなと思い始めていた俺とは裏腹に、柴田は「風間丈に話を聞く」という目的をきちんと果たすつもりでいるらしい。まったく見上げた心がけだ。富樫センパイに命令されてここまで足を伸ばす羽目になった俺と違って柴田はただの物見遊山である。オカルトネタに詳しいとモテるんだぜ、とかなんとか意味のわからないことを言ってはいたが――たかがオカルトの知識次第でモテるようになるなんて、それ自体が十分にオカルトな話だ。柴田がそれを信じて幸せになれるなら口を出すつもりもないけれど――しかし、この状況でもきちんとオカルトへの興味関心を失わないでいられるほどだとは。俺の頭の中はもう鏡の前で謎ポーズを取っている風間丈の姿でいっぱいで、なんかもう正直オカルトどころの騒ぎじゃないのに。俺より柴田の方がよっぽどオカ研の部員に向いてるんじゃねえのか?
「……じゃあ、お前が開けてくれよ、柴田」
「やだよ! 俺はほらあれだろ、一般人だし。ああいうのの対応はお前の方が向いてるって!」
「俺だって一般人だよ!」
 天眼持ってるオカ研部員が一般人かと言われるとちょっと痛いところはあるが、ある意味ではだからこそ、根本的に俺は一般人だと自信を持って断言できる。少なくとも俺は他のオカ研部員に比べれば常識的だし、唯桜ほどの超絶な料理センスも持ち合わせていないし、中ほどの偏った友情と言っていいのかも怪しい類の好感を男友達に抱いたこともないし、柴田ほどの変態耐性も持っていないし、この扉の向こうにいる変態ほど、突き抜けた人生も送っていない。
 開ける開けないお前が開けろとトーンを抑えたひそひそ声で、しかし白熱した討論を続けていた俺たちは気がつかなかった。議論の的になっていた部屋の扉が、いつの間にか薄く開いていることに。
「ボクになにか用?」
 耳元で囁く声が聞こえた瞬間の恐怖は、俺がオカ研の活動中に出会ったどの恐怖にも引けを取らないものだった。びっくりした。マジでびっくりした。声が聞こえた瞬間「ぎゃっ!?」とかよく分からない声を出しながら飛び上がって、無意識の反射だけで扉から一メートルくらい距離を取ってしまうくらいびっくりした。柴田は俺のみっともない驚きぶりにも引かず、というかそもそも俺に意識を向ける余裕さえない様子で「うわああああびっくりした……!」と手を震えさせている。
 他人の部屋の前でこれだけ盛り上がっておいて部屋の主が出てきたらびっくりするっていうのも理不尽な話だが。
「ん~ふ~ん、その制服は鳴神の子だね? ……望の友達じゃないよね? 大丈夫だよね?」
 風間丈はそんな理不尽に腹を立てていないどころか、俺達の驚きぶりさえも全く気にしていないようだった。大したスルー力である。スルー力検定が実在したらノー勉で挑んでも準二級は固いんじゃなかろうか。
 ノゾミ、というのは、恐らく妹さんの名前なのだろう。この男に妹がいると聞いた時には一体どんな奇人変人かと身構えたが、実際に家を訪ねてみると至って普通のかわいらしい女の子だった。それはもう、千夏や唯桜辺りとは比べたら妹さんに申し訳ないなと思うくらいまともな女の子だった。帰宅したてだったのか近所にある中学校の制服を着ていたから年下なんだろうな。オカ研の話を出していいのか分からず「富樫センパイの紹介で来たんですけど、お兄さんいますか」とかいう要領を得ないお伺いを立てた俺達を「美波さんの紹介なら」と笑顔で家に上げてくれ、「兄はもうしばらく部屋から出てこないと思うので」と淹れたての紅茶に手作りだというクッキーまで出してくれて、少しの間談笑したところで「もうそろそろ終わる頃だと思います」と二階の部屋まで案内された。
 なにかあったら呼んでくださいと言い残して立ち去るのを見送った後に柴田は「やべえ妹さんすごいかわいいんだけど!」と言い出し、「義兄が風間センパイになるぞ」「……あー。それはちょっと嫌かも」「ちょっとかよ」「風間丈の変態ぶり<跳び箱三段分くらいの壁<妹のかわいさ」などと妹さんの意思を省みない雑談を交わしながら風間センパイの部屋のドアノブに手をかけ、開けた次の瞬間にはもう妹のかわいさどころではなくなってしまったわけだが。
「キミ達は……どこかで見たことがあるな。なんだっけ。誰だっけ」風間センパイは扉を開け放つと、ううんと髪をかき上げ、小首を傾げ、目を閉じてこめかみに人差し指を当てたところでようやく思い当たるところを見つけたらしい。思い出したと口に出す代わりにぽんと手を叩くジェスチャーをして、まるで三時間思い出せずにいた連ドラの助演女優の名前を思い出せた時のような、とても晴れやかな笑顔で口を開いた。
「ボクのファンじゃないか!」
「「ファンじゃねえよ!」」
 俺と柴田の心が、一つになった瞬間である。
「ああ、そうだったそうだった。これは失礼。キミ達はボクのファンなんてものじゃない。ボクの友達、いやそれ以上の存在。歩く財布に任命したんだった」
 もちろん俺たちの一心同体ぶりなど風間センパイが意に介するわけもなく、訂正された肩書きもまた随分見当違いというか、少なくとも俺は認めた記憶のない属性である。というか、柴田も財布扱いされてたんだな。俺はとにかく柴田が風間センパイと話さなくちゃいけない用事を持つことなんてなさそうなもんだけど、一体どういう流れで五百円払っちまったんだろうな、こいつ。
 風間センパイは腕を組みながらいつも通りのなよなよした仕草で扉枠へともたれかかった。扉は開け放したままだが、部屋の中には入れないよ、という構えでいるらしい。俺としては話が聞ければそれで十分だし、部屋の中に入る必要もないんだけど……気になるのはむしろ、部屋の中から変に甘い匂いが漂ってきていることの方だ。なんつーかこう、女子の部屋みたいな……なんだろうこれ……部屋でアロマでもたいてるんだろうか。悪臭ではないんだけど、ここから見える限り部屋自体は普通に小ぎれいな男子の部屋をしているようなので、視覚と嗅覚がどうも一致しなくて気持ちが悪い。いっそ部屋中ピンクと白とバラモチーフですーレースとかがんがん置いてますーみたいな部屋だった方が収まりも良いんじゃないかな。キャラ的に考えても。
「それでボクになんの用かな、井畑くんと――相賀くん?」
「大体合ってるけどなにひとつ合ってねえ……」
「学校の噂話で、ちょっとセンパイに聞きたい事があるんですけど」
 無駄だと分かりきっていてもセンパイの言動に突っ込みを入れずにはいられないらしい柴田のぼやきを聞き流し、俺は目的を遂行することだけを考えることにした。こいつの前ではどんな突っ込みもいらだちも悪口も軽やかにスルーされて「なるほど、つまりボクに興味があるんだね」という方向性に着地されてしまうのは目に見えている。こうなったらさっさと話してさっさと聞いてさっさと帰ろうと言葉を続けようとした俺を、風間センパイがすっと手を挙げ、制止した。
「……なんすか」
「いいさいいさ、皆まで言うなよ。キミの言いたいことなら分かっているさ、ボクのお財布たち」
「財布じゃなくて一年の賽臥っす」
「それで、オスカル同好会の入部手続きだけど」
「――学校の妖怪について! 聞きたいことが! あるんですけど!」
 俺の名乗りを軽やかにスルーして案の定ろくでもない方向へ話題を曲げに来た風間センパイの力技を、柴田が声を荒げて跳ね除けた。うーん、柴田の忍耐力が限界に近づきかかっているぞ。そのお陰で横にいる俺はかえって忍耐力を保ったままでいられているんだけど、大丈夫かなあ柴田。かたや突然家を訪ねてきた後輩に声を荒げられるという貴重な体験をしているはずの風間センパイはちょっと口を尖らせる程度で、「本当に短気な奴だなあ。それじゃあ女の子に好かれないよ?」などと悠長な寝言をほざいている。風間センパイの言動にも笑顔で付き合ってやれるくらい心の広い男ならそりゃあモテもするだろうよ。
「学校の妖怪ねー。知ってる話なら教えてあげてもいいんだけど、鳴神には妖怪の噂がたくさんあるからねぇ。妖怪なんてものに造詣を深めるような、空想の世界を重視した人生は送ってきてないし」
 オカルト研究会に所属している人間の前でそれを言うのかと聞きたくなるような口振りだが、しかしまあ、言わんとするところはよく分かる。俺だってそう思ってはいるのだ。……どこからどう見ても、どう考えても、風間センパイが妖怪に関して貴重な情報を持っている人間だとは思えない。
 富樫先輩直々の指示だから――なんでも、「彼が昔そんなような話してたわね。あれはホラ話だったけど、そのホラを作るきっかけと、今回の真実の一端が関わっている可能性がないとも言い切れないわ。賽臥君、行ってきなさい。私は行きたくないから」ということだそうだ。なお、俺だって行きたくないというコメントはなかったことにされた様子である――聞きに来てはいるものの、ぶっちゃけ人選ミスじゃねえかなという思いは拭いきれない。
 拭いきれないが、話をしないことには始まらないだろう。
「深夜の校庭に妖怪が出たって噂話、聞いたことあります?」
「いーや、知らないねえ」
「一年の、女子中心に広まってる話なんすけど」だから二年男子という、学年も性別もまるで違うポジションにいるセンパイがこの話を知らないのも無理はない。知らないと本人が言ってるんだしもう帰ってもいいかなと思わないでもなかったが、女子に広まっている、という言葉を出した途端に風間センパイが口を閉じて真剣に話を聞く体勢を取り始めたのでひとまずは話を続けてみることにした。ここまではっきり目の色を変えられると女の子受けのための行動もいっそ潔く見えてくる。本当に自分のペースだけで生きてるんだな、こいつ。
「一応、名前とかクラスとかはぼかしときますけど。……二週間くらい前だったかな。うちの学校のとある生徒が、不登校になったんですよ――」


 「噂話」が生まれたのは一年F組、俺と柴田にとってはクラスメイトでもある女子生徒の、屋久千宵が不登校になってしまったことから始まる。鳴神学園くらい人数のいる学校になると不登校児もさして珍しい存在ではないし、一人や二人不登校になったところで大した話題にもなりやしない。「いじめられてたらしいよ、怖いよね」となんとなくの同情を買うか、せいぜい「ざまあみろ」と嘲笑われる程度で済まされておしまいである。
 本当ならその中の一つとして掻き消えていくだけだったはずの屋久の話が噂話を生む程までになったのは、屋久が不登校になる前日の行動が、あからさまに奇妙だったせいだ。俺も直で見ていたから分かる。普段は特に目立つこともない奴だったのに、あの日に限っては、本当に奇妙なことばかりしていた。急に「きゃあ!?」なんてゴキブリでも出てきたのかと思うくらいの悲鳴を上げたのに視線の先には特になにもなく、どうかしたのか聞かれても「なんでもない、見間違い」としか答えず、答える時も俯きっぱなしで、机の上を睨みつけているんじゃないかと思わせるくらいだったり。その後もなんとなく屋久の方を気にしていたら、友達と雑談している時に突然顔を覆って黙り込んだり、授業中だっていうのに耳を塞ぎだしたり、教室中をきょろきょろと見渡しはじめたと思ったら天井を見上げた途端に「ひっ」としゃくり上げるような声を上げてまた俯いたり、などなど。心霊現象なんてほとんど信じていない俺でさえ、なにか俺には見えないものとか聞こえないものとかを見聞きしてるんじゃないかな、なんて想像してしまったくらいの有様である。それで次の日から不登校。誰が始めたともなしの噂話が広まっても無理のない状況ではあった。
 ただ、その噂話がどうしてこういう形になったのか、さっぱり訳が分からないという点を除けば。


*  *


 その日の夜、屋久千宵は教室の机の中に携帯を忘れたことに気がついた。もうすっかり夜遅く、秋冬ほどの暗さじゃないとはいっても女子が一人で出歩くには正直ちょっと危ない時間である。その日は諦めて次の日の朝に回収すればいい話なのだけれど、彼女はそのまま、その日の内に学校まで取りに行くことを選択したそうだ。その理由は話す人によっていくつかのバリエーションがあるのだが――携帯の待ち受けが好きな人の写真だったとか、マナーモードにするのを忘れてた上に着信音が声優のセリフという聞かれたら黒歴史確定の代物だったとか――聞いた限りで一番それらしいのは、彼女の家が学校から徒歩三分ほどのところにあったから、という理由だろうか。ちょっと歩いてすぐそこに置いてきた忘れ物なのだから取りに行きたいという気持ちは分からないじゃない。もし鍵が閉まっていて先生もおらず校内に入れない、なんて事態になってもすぐに帰れる範囲なんだから。
 なぜか鍵のかかっていなかった正門から無事に侵入することができた屋久は、校庭を横目にしながら、校舎沿いを歩いていく。
 その日はとてもよく晴れていて、星空も、いつにも増してよく見えた。風も冷たくて気持ちいい。静かな空気は夜の散歩の醍醐味だ。いつもとは違った薄暗い校舎の雰囲気も、いっそ爽やかにさえ思える空気に呑まれて、その時の屋久にはさして恐ろしくもなかったらしい。
 だから校庭にいる人影の存在に気がついて、校舎の陰、電灯の明かりどころか月の光さえ差し込まないような真っ暗な中へ身を潜めるのにも、特に抵抗はなかったようだ。
 もちろん彼女は忘れ物を取りに来たという名分を持っているし、この学園の生徒だから、校庭にいるのが見回りの警備員や先生なら見つかったところで問題ない。ただし時間は夜遅く、正門には鍵がかかっていなかったわけだから、部外者だって彼女がしたように正門から入ってくることは簡単だったろう。性質の悪い不良だのヤンキーだの、でなくても酔っ払いなんかに絡まれたら面倒なことになる。それで物陰からじいっと、息を潜めて、そこにいるのがどういった人間なのかを見つめていたらしいのだが――目を凝らせば凝らすほど、彼女は自分の目が信じられなくなっていった。
 そこにいたのは人間の体型に良く似た、けれどどう考えても、人間ではないなにかだった。
 人影は二人分。
 片方は頭の部分が人間のそれではなく、まるで緑色のアンモナイトに頭部を挿げ替えられたような外見をしていた。
 もう片方は、全身がピンク色をしていた、……らしい。

「ちーがうってば! その、隣の隣の、ななめ手前の方!」
「だーっからどれだよ! ……あぁ? あれか? あの……あれかぁ!」
「残念それは君の母星です。スンバラリアはねーえ、それとはー、反対側の方。右隣じゃなくて左隣。――まあそれもスンバラリア星みたいなもんだけどね。あはははは! 飛び地! 飛び地だから! 君んち飛び地! あっはははは!」
「てっめええええなにが飛び地だってえええええ! ちっくしょう返せよ! 俺たちの! ふるさと!」
「鳥取!」
「鳥取!?」
「鳥取だよ! っはい、鳥取のぉ、りっ!」
「……り、りんご!」
「後藤真希!」
「キンカンのど飴!」
「めだま!」
「ま? ま……ま……まりもっこり」
「ぶっふ、え、ちょ、なに? まりもっこり? なにがもっこりだよいやらしいなあ君。これだからむっつりは。……ま、まりもっこり……まりもっこりって……! くふっ、うひひ、あっはははははは! あははははは! 受けるー! ちょーうけるんですけどー! あはははは、けほっ、あは、あははははは!」
「笑うなてめえ射殺すんぞおおおお! 死ね! クソが! しんでしまえ!!」
「ひぃ、ひぃ……ねえねえちょっと今の聞いたぁ、――あれ?」
「あ? どした?」
「あいつどこ行ったの?」
「……あぁ?」

 なにを喋っていたのかはよく聞こえなかったが、二人とも――二人、というカウントの仕方が正しいなら、だけど――ひどく興奮した様子で、ほとんど喚き立てるような調子で盛り上がっていたそうだ。
 それが途中で、ぴたりと止んだ。
 辺りをきょろきょろと見渡して、どうやらなにか、あるいは誰かを探しているような雰囲気だ。屋久の存在に気がついたにしては見当違いな場所ばかりを眺めているから、隠れて見ているのが見つかったというわけでもないらしい。とはいえ二人が目的のものを見つける過程でうっかり目に留まってしまわないとも限らない。あれがどういう存在なのかは分からないが、見つからないに越したことはないだろう。
 屋久はそうっと後ずさりして、校舎の物陰の中、より暗いところへと下がっていった。全身が物陰に収まりきると、視界も急に暗くなる。真っ暗なんていうよりも真っ黒と呼ぶのがしっくりくるような暗がりの中で――屋久は、黒色にぶつかった。
 壁というにはあまりにも柔らかい、人間じみた感触。
 気づかない内に、誰かがそこに立っていたのか?
 自分がここに隠れている間、ずっと?
 校庭にいるよく分からないもの達への恐れとはまったく違う差し迫った恐怖に彼女は悲鳴を上げかけ、同時にその正体を一目見ようと、自分の背後を振り返ろうとした。
 そして、そのどちらも叶わなかった。
 自分の身体が収まっている黒い陰――その中で、人間の両手だけが浮かんでいる。左手に口元を抑えられ、右手に肩を押さえつけられる。ちょうど後ろから抱きかかえられるような格好で身動きが取れなくなってしまった屋久は、それでもどうにか逃れようともがきながら、自分を覆っているなにかが声を上げるのを聞いていることしかできなかった。

「ここだ」
「あんだよ、こんなとこに――って、おい。……おい」
「……これは、あれかな……日本暗がりの伝統芸、夜道での暴行というやつかな……?」
「馬鹿。見られてたから取り押さえてやったんだろ。俺が。わざわざ。危険を冒して!」
「……あー、やっちまったなあ。酔い冷めたわ……」
「だから騒ぐなと言うのに、お前らは……おい、どうするんだ? 後々大変だぞ」
「うん、何を言っているんだい君ぃ。僕はなにも大変じゃないよ?」
「お前はいいけど俺たちは大変なんだよ。仕事に差し支えるだろ――って、お前も仕事に差し支えるんじゃないのか、ばれたら」
「え? いや僕、今の姿しか見られてないでしょ? ずっと僕らの誰にも気づかれずつけてきてたっていうんなら別だけど。変わるところを見られてないならノープロブレムさ。ばれなきゃいいんだよ、ばれなきゃ」
「くそ、てめえ自分の安全だけ確保しとけばいいと思って……」
「そんなアバウトで大丈夫なのか?」

 後ろにいるなにかの声に呼ばれて、校庭にいたあの二人もとうとう屋久の前に姿を現してしまう。暴れる屋久を尻目にしてしばらく「三人」はなにごとかを話し込んでいたが、当然それどころじゃなかった屋久は、どんな話をしていたかまで覚えてはいないらしい。
 ただ、一つだけ覚えている言葉がある。
 三人の会話が一度止まったところで、校庭にいた人影のうちの片方、全身ピンク色のその男が、屋久の額に手をかざした。

「君には、悪いが記憶をいじらせてもらうよ」

 その言葉を聞いた途端、すうっと気が遠のいていく。……気がついた時には、自室の床に、行き倒れるような形で寝転がっていたそうだ。
 最後に言われた言葉に反して、屋久は昨晩のできごとをしっかりと覚えていた。まあ、覚えているといっても非現実的に過ぎる話だ。目が覚めたのだってベッドの上ではないとはいえ自分の部屋の中である。ストーリー仕立ての夢でも見たのだろうと自分を納得させて身体を起こし、ベッドボードに置いた時計で時間を確認しようとして――彼女は悟る。
 昨日のできごとは夢ではなかったことを。記憶が消えていないのはそれが夢だったからではなくて、恐らく、ピンク色をしたあの男が、いじり方を間違えたからなのだということを。
 一体どういう風な間違え方をしたらこんなことになってしまうのかまでは、察するべくもなかったけれど。

 ベッドの隙間からこちらを覗く人間の目。
 椅子に座ってぴくりともしない白いもやのようなモノ。
 観葉植物の陰に隠れた親指大の子供。
 空中を泳いでは消えていく魚の骨の群れ。
 小刻みに揺れながら鼻歌を唄う壁のしみ。
 自分の肩に手を置いて、ねえねえねえねえこっちを向いてと小声でささやき続けるなにか。

 屋久千宵は、ありとあらゆる霊が見えてしまう体質になってしまったのだった。


*  *


「とまあ、こんな話で」
「…………」
 話を聞き終わった風間センパイは、とても怪訝な表情をしていた。わざとらしいオーバーな感情表現をしてみせているのはいつものことだけれど、たぶん今のは、マジで「はぁ?」って思ってる感じの顔だった。
 そんな顔をしたくなる気持ちも分かるけど。
 だいたい、この話には脈絡がないのだ。アンモナイト頭の人間、全身ピンクの人間、暗がりの中に浮かぶ手。一つ一つ聞けば怪談に出てきてもおかしくなさそうな単語のように思えるが、これが全部同じ話の中に出てくるとなるとちょっと詰め込みすぎの感があるし、最後に幽霊が見えるようになってしまったっていうオチとのつながりも正直弱い。いや、この中で事実だっていうのが確定してるのは屋久が幽霊でも見えるような挙動不審さを見せていたってところなわけだからそれがオチに来るのは分かるんだけど、じゃあなんでその前振りにそんなよく分からない化け物が三種類も出てきたんだ? 別にいいだろ、どれか一個で。幽霊見せるだけならピンク色だけで十分だし、ホラー要素だけなら手の化け物だけで十分だし、見た目のインパクトが欲しかったなら、アンモナイトにもうちょっと役割を与えるべきだ。
 いくら噂話だとはいっても、わやわやにも程があるという印象である。
「……ええと、それが、校庭の……妖怪?」
「はあ。妖怪って決まってるわけじゃないんですけど……その三人っつーか三匹っつーかの正体にも、話す人ごとでちょいちょいバリエーションがあるんすよ。とりあえず、一番最初に俺が聞いたパターンが妖怪オチだったんで、それで」
 他のパターンとしては、例えば彼らの正体は異世界からきたなにかで屋久は手をかざされたことによってその世界と意識のチャンネルがつながってしまったのだとか、いやいや本当は宇宙人で彼らとは脳の構造が違うから変なところをいじくり回された結果こうなってしまったのだとか、もっとひどいのだと超能力者とか地底人とか秘密結社の一員とか旧支配者の眷属とかもうなんだそりゃ? としか言えないような話まで存在している。よくもまあこの二週間でここまでのパターンを作り出せたもんだ。リアルタイムで見ていると、噂話の内容よりも広まり方そのものの方が怖くなってくるね。
「……秘密結社か……その発想はなかったな」
「なにを目的とした集団なんだよって感じっすよね」
 ……ん?
 風間センパイの呟きに軽口で返しながら、その様子になにか妙なものを覚えて眉根を寄せる。見れば柴田も不思議そうに風間センパイを眺めているところだった。そうだよな、やっぱりおかしいよな。
 いくら女の子受けのために聞いているのだとしても、風間センパイにしてはちょっと大人しすぎるし、話を聞く態度も真剣すぎる。
 もしかしたら本当になにか聞き出すべき話があるのかもしれないと思い始めた次の瞬間にはその態度も引っ込められて、通常運転のなよなよした、意味不明なポージングの男の姿が戻ってきてしまったけれど。
「あ~はん。つまりは、緑色のアンモナイトのお面をかぶった男と全身ピンク色に塗った男と黒尽くめのかっこした男が酔っ払ってたって話だね?」
 ……黒尽くめってお前。
 いやまあ無理やり解釈すればそういう風に考えることもできないわけじゃないかもしれないけど……とどう突っ込んだものか考えている間にも風間センパイは新たなアイディアを生み出している。「手を腕から切り離して動かせる体質の男だったっていう可能性もアリか」「いや、ナシだろ」「えー、ナシかなあ。いい線いってると思うんだけど。じゃあ手を腕から切り離して動かせるっていう幻覚を見せられる体質の男?」「ナシっていうかそこまで来ると遠回しすぎだ!」
 柴田を連れてきて本当に良かった。これだけ全力で突っ込み倒してくれる柴田がここにいなかったら、俺はとっくに突っ込みを放棄して、センパイのペースに呑み込まれるか家に帰るかしていただろう。
 しっかし困ったな。この性格の人間を相手にして、本人に言う気のなさそうな話をさせるにはどうしたらいいんだろう。天眼は嘘を嘘と見抜くことはできても本当はどうなのかというところまでは見抜けない中途半端にめんどくさい仕様だから、真偽を問うとかいう問題じゃない現状では大して役にも立たないし。
「……で、どうするよ、柴田」
「……なにをすれば良いかはうすうすわかってんだけどな」
「だよなー」
 俺達の一心同体ぶりは未だに継続していた。「よし、ここは潔くじゃんけんと行こうぜ」という柴田の提案に従い、俺は握りこぶしを前に出す。最初はグー。じゃーんけーんぽん。あーいこーでしょ。
 はい、柴田の負け。
「しょうがないよな。諦めろよ柴田。お前、歩く財布なんだから」
「くそー、俺にばっかり財布開かせやがって……お前こそ風間先輩の歩く財布としての自覚はねえのか? ……ないよな。でっすよねー。ちぇー。これオカ研の部費から出ねえの?」
「出ねえよ。富樫センパイに風間代を要求する覚悟があるならとにかく」
「……諦めるわ。俺、歩く財布の役割を全うする」
「おう、がんばれ。応援してるぜ柴田」
 俺の応援を背に受けて柴田はおもむろに財布を開き、日本の硬貨でもひときわ大きな、金色のそれを一枚出した。五百円玉硬貨。
 柴田がそれを手にした途端、風間センパイの目の色ががらりと変わった。さっき噂話の前に「一年の女子」と聞いた時の変わりようが青から紫くらいまでのものだとすると、今の変わりようは群青から朱色くらいまで、といったところだろうか。文字通り現金な奴である。
「……これを、僕に?」
「……妖怪について話してくれるんなら」
「分かってるじゃない」風間センパイはニヤリと笑うとなんの躊躇もなく柴田の手から硬貨を掠め取り、指先でくるくると弄んだ。それはもう、実に嬉しそうな表情だった。「実にいい心がけだよ、ボクのお財布。ふふ、うふふふふ。――五百円、ゲーット!」
 前に五百円を差し出した時に比べると奇声も随分控えめだったし、ガッツポーズも省略されていたのは、自宅だから近隣住民に配慮しているということなのだろうか。変に常識的なところを垣間見てしまった。とはいえ自宅にいるよりもたくさんの人が近くにいると分かりきっているはずの学校では特に配慮していないのに自宅ではある程度控えているというちぐはぐさは十分に非常識的なので、やっぱりこの人頭おかしいなーという印象が変わることはないままである。
「さ、宝船に乗ったつもりでなんでも聞いてくれたまえよ! なにしろこのボクの妖怪知識といったら、美波ちゃんも靴下のままで逃げ出すほどだからねぇ。美しいだけでなく博識でもあるなんて……天は二物を与えた……!」
「持ってる一物を全力で投げ捨ててるような気がするけどなあ」
「えぇ? そんな恐ろしいことするはずないだろ。考えるだけでちょっと痛い……って、なに言わせんのさ」
「は?」
 おいおい、年頃の女の子もいるご家庭で日中から下ネタはやめろよセンパイ。そんで柴田も分かってねえのかよ。くそ、この場合俺はどっちに突っ込みを入れればいいんだ? どっちもか?
 ……どっちも放置でいいか。
 なんでも聞いてくれと言われても、俺が聞きたいのは「校庭の妖怪」のことについて、風間センパイが知っていることがあれば教えてほしいという一点だけだ。そのものについてでなくてもいいから、それに関わることとか似てることとかで、なにか取っ掛かりになるような情報がゲットできればそれで十二分の成果と言えるだろう。
 風間センパイはちょっと考えるような間を取った後でまるで時間を稼いでいるみたいにもったいぶった仕草で五百円玉をポケットにしまってみせ、さらに「うーん……どうしよ……まあ、たぶん大丈夫だろ。……たぶん」と悩んでいるような調子の小声でなにごとかをこぼしてから、ようやく重たい口を開いてくれた。
「ボクが知ってるのは、頭にアンモナイトを乗っけてる人のことだけだけど」
 ……おお。
 な、なんか普通に「妖怪」の話をしてくれるっぽいぞ。風間センパイの家まで話を聞きに行くことになった時には、まさかこんな普通にこいつの話を聞くことになるなんて思ってもいなかったな。そうか、普通に話してくれることもあるのか……ますます読めないな、この性格……。
「少なくともそれに関して言えば、校庭にしか現れないってわけじゃないよ。どこにでもいる。街中とか、ラーメン屋とか、コンビニとか、電柱の下とか、あとはまあ、エステティックサロンとか」
「なんか所帯じみたとこにばっかいますね」
 エステティックサロンなんてある意味じゃ風間センパイの口から出ているからこそさらっと流せてはいるが、サロン通いする緑色のアンモナイト頭って、相当シュールな絵面である。マジで言ってるのか受け狙いなのかが読みきれずにいる俺に、センパイはゆるゆると頭を振った。
「普通の人間と同じように生活している、ってことさ。もちろん普段は緑色なんかしてないよ。普通に人間の顔をしている。姿形は人間そのものだ。頭をアンモナイトみたいなものに変形させられる人間なのか、それともアンモナイトみたいな頭部を持った生き物が人間に化けてるのかは知らないけどね」
「ぎ、擬態か……」
 柴田がごくり、とつばを飲み込む音が聞こえた。
 センパイは無意味に髪をかきあげては手ぐしでかきけずることを繰り返しながら、淡々と話を続けていく。
「記憶を操作できるって話は聞いたこともないね。その噂話だとピンク色の人がやったんだっけ? そっちは本当に知らないから。だけど、もし操作できるって聞いても驚きはしないな。原理はよく分からないけど分子分解とかできるらしいし。ねえキミ達、もしその人たちとケンカでもする予定があるんだったら気をつけなよ。できることならやめとくべきだね」
「ぶ、ぶんしぶんかいっていうのは」
「分子構成からばらばらにしちゃうのさ。死体も残らないんだって。ぞっとするよね」
「うげえ……」
 嫌そうに顔をしかめている柴田は風間センパイの言う「ぞっとする」を「塵一つ残らないレベルで死体の処分なんかされたら殺されても見つかりようがなくなっちゃうじゃん! 生きてたかどうかも分からなくなるってことだろ? うわ、なにそれ怖い!」というような意味で取っているのだろうが、俺が察するに、たぶんセンパイ自身は「肉体が消えてしまうなんて実に恐ろしいことだよね」くらいの意味しか持たせていないんじゃないかと思う。
「や、やばいぞ賽臥……校庭の妖怪、思ってたよりだいぶやばいぞ……!」
 どうすんだよこれ! と手を震わせている柴田の姿に――俺は思わず、溜め息を漏らしていた。こいつ本当に素直だよなあ。ほんとに。馬鹿みたいに。
 俺の溜め息の意図が掴めずきょとんとしている柴田に、俺はセンパイの話を聞いて感じた、そのままの感想を口にする。
「……いや、嘘だろ」
「嘘だよ」
 あっさり頷かれた。
 嘘だと言った俺ですらちょっと驚くくらいのあっさり加減だった。
 どうやらまともに信じていたらしい柴田はえ、え、としばらくの間うろたえてからようやく状況を理解したようで、拳をわなわなさせながら、震える声を張り上げる。
「う、嘘かよ!」
「ああ嘘だとも!」
 そしてこのどや顔である。……なんでそこでどや顔なんだよ。そこまで胸張って言うことじゃないだろ。後輩から五百円貰っておいて教えるのがホラ話って、結構人間として底辺だぞ。
 今のは柴田の信じやすさにも問題があるとは思うけども。
「お前はオカルトに夢見すぎなんだよ、柴田。こういうのは疑うのが前提っつーか……そもそも、そんな分子分解? とかができるって情報を、なんで普通の高校生が知ってると思うんだよ」
 この男を普通の高校生扱いするのにはとてつもない抵抗感があるけど、実際こいつはあくまでも一般人の範疇にいるのだ。神がかった運の良さも何一つ忘れない記憶力も持ち合わせていないし、存在感を消すことも、特定の誰かを自由自在に模倣することもできなければ、もちろん相手の嘘を見抜けるような眼を持っているわけでもない。そんな普通の高校生が物体を分子レベルで崩壊させるような道具の存在を知らなくちゃならないような状態に陥って、かつ無事に生還できる可能性は極めて低い。これはホラ話なんだろうなと考えるのは当然の帰結だ。天眼を使って真偽を確かめるまでもない。
 風間センパイは反省した態度なんてこれっぽっちも見せず、ニヤニヤしながら「五百円分くらいは楽しませてあげただろう?」なんて言っている始末だ。一銭も払っていない俺は柴田の反応の良さまで込みにすればそこそこ楽しめたところもあるけれど、収まりがつかないのは柴田である。五百円払ってこの結果はいたたまれない。
 ちらと柴田を横目に窺うと、ちょうど風間センパイを殴るための拳を振り上げているところだった。
 センパイは颯爽と扉の陰に隠れ、俺は速やかに柴田を取り押さえる。
「ええい、止めてくれるな! 俺はこいつをはったおして二千円はぶん取らなきゃ気が済まない!」「え~。いくらなんでも二千円は、キミ、取りすぎだよ? もっとバランスを考えたまえよ、バランスを……」「離せ賽臥っ! あんな、ちゃらんぽらんな奴はこの世に存在しなくていいんだー!」「落ち着け柴田! その理屈にはちょっと無理があるぞ!」
 ここへ来てもなお煽るような発言を重ねてきている風間センパイをどうして俺が助けなくちゃいけないんだとは思う、思うけれども、ここでセンパイを殴ったところで柴田には百害あって一利しかないのだ。こんなわけの分からない手合いと因縁の数を多くしたって不幸にしかならないのはカラコンをつけたままでさえ目に見えている事実である。俺はそんな悲惨な運命から柴田を救ってやりたいのだ。
「誰が見たんだか知らないけど、夢でも見てたんじゃないのぉ? でなきゃやっぱり酔っ払いの仕業かな。あっはっは!」
「か、金返せー!」
「あーもうやめてくださいセンパイ! 柴田も! 諦めろってえの!」
 自分が殴られかかっているこのタイミングでどうして柴田を煽り続けるのか、俺にはまるで意味がわからない。天然なのか狙ってやっているのか、狙っているとしたらなにが目的なのだろうか。どれひとつ分かる気がしないし分かろうという気も起きないけれど、しかしセンパイが口にしているその意見に関してだけいえば、その通りかもしれないな、とさえ思えた。
 まだ屋久本人に話を聞いていないし、本人がこんな妖怪連中の話を本気で語っているとは思えないけれど、もし本気でこれが真実だと思っているのだとしたら……きっと、それはリアルな夢と現実とを混同してしまったんだろう。でなければもっと別ななにかをそれと誤認してしまったのかもしれない。例えばそう、酔っ払いとか。
「んじゃ、お邪魔しました」
「うんうん、お疲れ様~。美波ちゃんによろしく伝えておいてね。――またいつでも相談に来るといいよ。いくらでも聞いてあげるからね。あっはっは!」
「二度と来るか!」
 鼻息が荒いままの柴田を無理やり引っ張って階段を下り、宥めすかしてどうにか玄関まで引きずり出した。見送りに出てきてくれた妹さんと「お話を聞いていたわけではないんですけど……兄が大変失礼したみたいですね。すみません。あとできつく言っておきます」「いやいや、お騒がせしてすみません。いろいろとありがとうございました」なんて会話を交わした頃にはだいぶ落ち着いたみたいで、風間家を出た数秒後には「ああ、また美人と会話するタイミングを奪われた……」なんてアホなことを言い出すくらい、いつも通りの柴田に戻っていた。「なに言ってんだよ、今のはお前がまともな会話もできない感じだったのがいけないんだろ」「ううう」。
「で、賽臥、次はどうすんだよ。結局ここじゃろくな話は聞けなかったぜ」
「まあそれは織り込み済みだろ。最初から大して期待もしてなかったって。富樫先輩が屋久とアポ取ってくれてるらしいからよ、次は屋久んちだな」
「あー、そっちが本命なのな。さっさと行こうぜ」
 話を聞くなり俺を置いてすたすたと歩き出した柴田の後を追いかけようとして、不意に視線を感じ振り返る。辺りを見回しても特に後ろをつけてきているらしい奴は見当たらない。自意識過剰かなとちょっと視界を上にあげて、視線の正体と、目が合った。
 ……なんのことはない、風間センパイが窓からこっちを見ていただけだ。
 風間センパイは笑顔でひらひらと手を振って、すぐに部屋の中に戻っていった。柴田があれだけ怒鳴っていたから、一応は気にして見送っていたんだろうか? だったら柴田を宥めるのを手伝ってくれればよかったのに。ま、風間センパイじゃかえって火に油を注ぐ結果に終わる予感がするけどな。それはもうひしひしと。
 見ればすでに曲がり角のところまでたどり着いていた柴田が、早く早くと俺を急かしている。
「なーにやってんだよー」
「悪い悪い、今行くから」
 まったく、余計なところで時間を使ってしまった。早いところ屋久から話を聞き出して、明日のオカ研でしっかり報告できるようにしなくちゃな。


 *  *


「――……もしもし、望兄さん? 急に悪いんだけど、二週間くらい前に、うちの学校に侵入とかした? ううん、日中じゃなくて。夜。そう。 ……した? 帰り道。ふうん。ああ、綾小路先生ね。やっぱり。……、……。……ねえ、同窓会って三人でやるものじゃないんじゃないの。それってただの飲み会なんじゃないの。……もしかして兄さん、その時、あれやったり……あれだよあれ、ええっと、緑色のイカみたいな――ごめんごめん! あーもう、ごめんってば。別にいいじゃない、イカでもタコでも……そうそれ。やった? ……ああ、そっかぁ……。ちなみに、ピンク色の人間に心当たりってある? ……いやあ、あっはっは、ちょっと色々あってね。……教えてほしい? 教えてほしいの? やだなぁ兄さん、人に話を聞くときにはそれ相応の――、……えっ? やったあ! うん、いいよいいよー、それでいいよ。わー、あれ見るなんて久しぶりだなあ。じゃあ次に会った時にね。いつ頃暇なの? ……次の日曜日? は、ボク、家族と旅行に行くからさ……うん。うん、うん……それじゃそんな感じで。はあい、また後でね――」
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