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イウナレバー
二次創作とかのテキスト。(一部の)女性向け風味かも。
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※ちょっとBLくさい※
※全面的にボツ文※






「いい匂いがしますね」
 不意に投げかけられた言葉に顔を上げると綾瀬くんはいつも通りの人を食ったような表情をしていて、けれどよく見れば伊達眼鏡の奥にある瞳が、いつもとは似ても似つかないくらいの熱心さでぼくを見据えていた。常になく強い視線に晒されるのが気恥ずかしくて、何気ない素振りで顔を背ける。
 落ち着こうとして深く吸い込んだ空気からは、なんの匂いもしなかった。綾瀬くんが「いい匂い」なんていうくらいだからてっきり食べ物の匂いがするんだろうと思っていたんだけれど、どこかの家のご飯の匂いが漂ってくるようなこともないし、食べ歩きしている誰かが近くを歩いているわけでもなさそうだ。するとぼくには嗅ぎ取れないくらいの――綾瀬くんのようなものにしか嗅ぎ取れないくらいの、微かな匂いが漂っているのだろうか。
「……なんの匂いもしないよ」
「いいえ、甘い匂いが」
 続く言葉は一層不可解で、ぼくはいよいよ首を傾げる。甘い匂いなんて、心当たりさえ思いつかない。花の盛りはとうに過ぎた時節だから花の香りではないだろうし、もう一度空気を嗅いでみても、やっぱり甘い匂いなんてしなかった。
「甘い匂い」
 鸚鵡返しに呟いたぼくに、ええ、と綾瀬くんが小さく頷く。その声が妙に近い位置から聞こえている気がして、ふと視線を動かすと、綾瀬くんはぼくの胸元近くに顔を寄せていた。思いもよらない光景に身を竦ませたぼくのことなど気にしない様子で、彼はふんふんと鼻を鳴らす。首筋にかかる吐息はいやに冷たく、自分のものとは違う他人の温度がすぐ傍にあることを否応なしに感じさせられて、なんとも言えずくすぐったかった。
「とても美味しそうな……餌の、匂いです」
「あ」
 餌、という言葉に触発されて、思い出した。突然声を上げたぼくへ目を向けた綾瀬くんに、ちょっとだけ退いてもらって――胸を緩く押したところ「男相手でもセクハラになると思いますよ」とからかわれたので、思わず頭を叩いてしまった。セクハラ目的でやってるわけじゃないなんて分かりきったことだろうに、彼は時々意地の悪いことを言う――肩にかけた黒いスポーツバッグの中から、コンビニのビニール袋と、その中身を探り当てる。
 取り出したるはポテトチップス。
 今日は綾瀬くんのいる場所を通って行こうと思い立った時に、手土産としてコンビニで購入したものだ。会ったら一番に渡そうと思っていたのだが、話の流れに乗っかる内に、つい失念してしまっていた。甘い匂いというのも、恐らくはいつも持ってくるうすしお味ではなく、コンソメ味のポテトチップスを買ってきたことからくるセリフだったのだろう。密封された袋の中にある食べ物の匂いまで判別できるなんて、綾瀬くんには、色々と驚かされてばかりだ。
「ごめん、渡すの忘れてた」
「…………」
 おずおずと差し出したポテトチップスを見た綾瀬くんの表情は、ゆっくりと不満げな形に歪んでいった。
 納得いっていないとでも言いたげな表情は、今までの決して短くはない付き合いの中でも、滅多に見たことのないものだ。なにか機嫌を損ねるようなことをしてしまったのだろうか。不安に駆られて、自然と声音が低くなる。
「……綾瀬くん、うすしお派だった?」
「いえ、そういうことではないのですが……まあいいでしょう。いただきます」
 ポテトチップスを受け取ると、綾瀬くんは口端を吊り上げて微笑んだ。さっきまでの不服顔が嘘だったみたいな笑顔だ。
 綾瀬くんはとても整った顔立ちをしていて、そのことは本人も自認しているくらいなんだけれど、その中でもこんな風にして笑っている時の綾瀬くんを、ぼくはとても気に入っていた。嬉しそうに笑っていながら、けれど目の色はまるで変わらない、ぞっとするくらいに笑っていない、こんな表情。見ているだけで、ぼくまで嬉しくなってくる。こうもきれいに笑ってくれるのなら、200円超えの大入りポテトチップスを買ったことも報われるというものだ。
 ポケットへ無造作に突っ込んでいた携帯電話を取り出して、待ち受け画面に表示された時計板に目を走らせる。予定していたよりも長居してしまった。綾瀬くんとだらだら話しているのは楽しいけれど、そろそろ行かないと、時間が足りなくなってしまう。今日はやらなくちゃいけないことがあるのだ。これを逃したら、次は何週間後になるか分からない。
「じゃ、俺は行くよ」
「おや、もうですか。どちらへ?」
「××くんち」
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