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イウナレバー
二次創作とかのテキスト。(一部の)女性向け風味かも。
×

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※BLです
※大学生設定です
※エロくはないですが下品です
※伊武さんが乙女脳で下品です
※ガチリバが示唆されています
※BLです

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BLなのでワンクッション。本文は続きに投げ込んであります。
長めですけど長いだけでエロ描写はありません。
でも下品ではあるので苦手な方はご注意ください。

よろしければどうぞー。




 ちょっとの物臭がひどい大惨事を招いてしまうなんてことはいくらでもあって、例えば森は授業の教室変更が掲示板に貼りだされているのを確認していなかったがために九十分間を誰もいない教室でツイッターなんかをいじりながら過ごすことになった挙句、それがまた必修単位で、その回がちょうど五回目の授業欠席ってことになっちゃったから来年再履修だよあははは死にたいなどという大変にかわいそうなツイートをする羽目になってしまった。そのツイートを読んだ俺はなにも言わずにそっとふぁぼり、森から飛ばされた「俺の苦悩のなにが気に入ったんだよ!」というリプもまたふぁぼることによって、せめて森の苦悩をネタにまで昇華してあげようという友人思いなところを発揮したりしたものである。
 どんな大惨事が起きたとしても、ひとつのネタとして昇華してしまえば、大体のことは笑って済ませることができる。思い返すたびに恥ずかしくて死にたくなるような失敗談も、頭の中を過ぎるごとに血の気が引くような心配事も、それで笑ってくれる人がいるというだけで「心の重荷」から「持ちネタ」へと変容するのだ。笑いを取るということには、それだけの重みがある。
「これは」
「……うん」
 逆に言えば、一番悲惨なのは笑いも取れないような大惨事だ。死人が出ているとか、被害総額が凄まじすぎるとか、その惨事を知られること自体が社会的地位に関わってくる場合だとか。
 俺が直面しているのは、正にそういった類の大惨事だった。
 ちょっとの物臭を起こしたばっかりに、どうやったって笑いにつなげられないような、こんな惨事が。後悔からはなにも始まらないのだと分かっていてもなお俺の後悔は溢れ出し、一向に止まることを知らない。
「どういう、ことなの」
「……、……うん」
 上半身裸で立ち尽くす俺の前にあるのは、正座する神尾と、その前へ丁寧に広げられた女性用の大変に恥ずかしい下着――尻部分はTバックで前部分には縦に大きな切れ込みが入っている、果たしてこれをパンツと呼んでいいのかも悩ましいような、黒いサテン素材のそれだった。
「うんじゃなくて」
「うん」
「だからうんじゃねえだろ」
「……す、すん」
「うんともすんとも言わなくていい!」
 神尾の言うことはもっともなのだが、それ以外になにを言ったらいいのか分からないんだから仕方がない。
 俺の部屋の真ん中に座る神尾と穴開きエロ下着(黒)などという受け狙いとしか思えないほど意味不明な状況にあって、神尾の顔はまったく笑っていないし、もちろん俺だってくすりとも笑えない。ここにいるのは俺たちだけだから、他に笑ってくれる人もいない。ツイッターでつぶやくにしたって、この光景を晒すのはいくらなんでも俺の社会的地位に関わりすぎる。
 どうしてこんなことになったんだろう。お互いに試験も明けたしテニス部の大会もそれぞれ終わったしで久しぶりにお泊りと洒落込めることになって、ようやくいかがわしいあれこれに取り組めると思っていたというのに。ついでに言うとかつて結んだ協定により性交渉における役割は交代制と取り決められているため、前回尻を差し出す羽目になった(そしてハメられた)俺は、今回神尾の尻を繊細かつ大胆な目に遭わせてやるつもりで密かにはしゃいでいたというのに、今やそんな方向に流れるムードは一切合財がお流れとなってしまっている。
 俺が一体なにをした。
 ――いや、それは分かっている。俺があれを自分の服と一緒に洗って干して、うっかり自分のパンツと同じ場所にしまってしまったのがまずいけない。次にいけなかったのは俺がシャワーを浴びるに当たってパンツを出し忘れていたことに服を脱ぎかけてから気づき、神尾にパンツを一枚出してくれと頼んだことだ。結果、神尾は俺のパンツに紛れていたエロ下着を発見してしまい、ちょっと深司こっちへおいでなんだよパンツの場所知らなかったっけいやそうじゃなくてもっと重大なんだけど深司さんこれは一体なんですか? ということになってしまったわけである。
 俺が物臭を起こさずにきちんとこのエロ下着を別の場所にしまっていれば、服を脱ぐ前にパンツがないことに気づいていれば、神尾に頼まずに自分でパンツを取りに行けば、こんなことにはならなかっただろうに。
「まあとりあえず座れよ」
 指し示されるがまま、俺は床に膝をついて座り込む。服を着るタイミングをすっかり逃した上半身裸の俺と神尾が、エロ下着を挟んで正座で向かい合うこの絵面。俺が当事者でなかったら、せめてエロ下着を見つけられた側でさえなかったら、間違いなく笑い転げていただろうに。
 ああもう嫌だ、おうち帰りたい。ここが俺名義で借りてるおうちなんだけど、とにかくここ以外のおうちに帰りたい。この状況からどうやってごまかしきれるっていうんだ? これを入手するに至るまでの経緯なんて、できることなら話したくないに決まっている。母親にエロ本見つかった中学生ってこんな気持ちなのかな。自分の性的な性癖に関わるものを白日の下に晒されるのが、こんなにもつらいことだったなんて。
 なんとかして、適当な嘘をでっち上げたい。
 俺の性癖とは関係ないのだと説明できるような、それならエロ下着持っててもしかたねえなと軽い笑いさえ取れるような、そんなエピソードを考え出す必要がある。しかしそんなエピソードがこの世に存在しうるのか。部活の飲み会の出し物で使う衣装云々とか、景品でもらった云々とか――いや駄目だ、女マネもいるような部の飲み会でこんなストレートすぎるド下ネタ衣装を使える余地などどこにもないし、景品に至ってはなにがどうなったら俺がこんなものを景品にするようなイベントに参加したのか、意味不明にも程がある。このままでは俺が中一の頃から長きに渡り築き上げてきた慎み深い草食系男子としてのイメージが完全に崩れ去ってしまう。一体、一体俺はどうしたらいいんだ。
「これ誰の下着」
 誰の?
 床に鎮座する下着を食い入るように見つめながらフル回転していた俺の頭は、意味の分からない問いを投げかけられて、急激に回転速度を落とす。誰のもなにも、俺の部屋で俺の引き出しにしまってあったんだから俺の持ち物に決まっているじゃないか。
 きょとんとすることしきりの俺に、もしかしてと神尾が出したのは千宵さん(うちの大学の男子テニス部で女マネをやってるお友達で、家が近いので一緒に帰ることも多い。清楚系美少女であることに加えて趣味は手芸だという女子力の高さに男テニ一同のテンションは上がりに上がったが、よくよく話を聞いてみると手芸という名のコスプレ衣装制作が真実の趣味だったので、俺のテンションは下がりに下がった。しかし真実を知らない大多数の部員と、真実を知ってなお「それはコスプレでヤれる可能性があるということでは」などという夢物語を口にする一部の部員のテンションは未だに上がり通しである)の名前だった。なんでそこでそんなよく分からない人選を? それはまあ女性用下着なんだから女の子の名前が出るのは分からないじゃないけど、あいつを家に上げたことは一回もないし……と混乱を重ねる俺の目に、向かいに座る神尾の、俺を見つめるというよりは見据えるを通り越して睨みつけるどころか刺し殺す勢いの視線を投げてくるその表情が飛び込んできて、俺はようやく意図に気づく。
 これはもしかして、浮気を疑われているのでは?
「誰の、って」
 その発想はなかった。
 しかしよく考えてみれば当たり前の発想である。女物の下着なんだから持ち主も女なんだろうと考えるのは当然の帰結とさえ言えるだろう。この展開はまずい。とにかく今すぐ否定しないと――ここで一番困るのは矛盾を起こして事態が複雑になることだから――下手に策を弄さず、ストレートに。
「俺のだけど」
「え」
 その発想はなかった、という顔をされた。
「えええ……いや、え、ちょっと待って……え? ちょ、ちょっと待って」
「待つよ」
「……あ、ああ、買ったのはお前ってことか!」
「うん」
「じゃあ使ったのは誰なんだよ」
「……」
 これは、どう答えたらいいんだろう。もうどう答えても詰んでるような気はするけど、それでもどうにか、当たり障りない程度の真実を答えている内にごまかしきるための方策が思いつくのを待つしかない。がんばってくれ俺の頭脳。
「……俺」
「いや、だからそうじゃねえんだよ……あー、ほら、あれだよあれ! 誰と使ったのかって聞いてんの!」
「いや、誰とも使ってないけど……」
「え?」
「俺が使ったんだよ。一人で」
 このくらいなら嘘にはならないだろうと思える範囲でしゃべってみたわけなのだが。
 なんでだろう、却ってひどいことになってる気がする。
「…………」
 神尾は俺の顔をまじまじと見つめ、次に床に鎮座ましますエロ下着を眺め、また俺の方へと視線を戻した。名状しがたい表情だった。怒っているようにも見えたし、また、悲しんでいるようにも見えた。
「なんで黙ってたんだ」
 俺エロ下着持ってるんだよねーなんて口にする理由の方をむしろ聞きたいくらいだと思ったが、それについては黙っておく。
 しかしこの反応、ドン引きしているというには随分と目が据わっているようだ。神尾は軽く頭を振って、吐き捨てるような声で言う。
「俺だってそこまでケツの穴の小さい男じゃねえ――そのくらいのことで今更引くかよ」
 神尾のケツの穴が小さくないことは、俺が下半身でもって確認済みである。
 ……いや、そういう小粋なジョークはいいんだ。
 どうやら神尾はなにかしらの解答に行き着いているらしい。しかし神尾が想定しているだろう正解は、恐らくなにかの勘違いだろう。いくらなんでも今までに漏らしてしまった情報で正解に辿り着けるほど勘がいいわけはない。本当のところがばれないようにするためにも、ここはひとつ、こいつの出した正解に乗っておこう。
 下手に嘘エピソードを考えるよりは安全だ。
「女装癖があるならそう言えよ!」
「ねえよ」
「えっ」
 安全じゃなかった。
 世間一般に胸を張れる性嗜好の持ち主ではないことくらいはこの眠たい鬼太郎みたいな顔してる男と付き合ってる時点で自覚している俺といえども、女物の下着を履く趣味なんかない。男と付き合うのと女になるのと女の服を着るのとは全くの別物だ。
「じゃあ、なんなんだよ、これ」
 こう訊かれることは分かっていても、そして誤魔化すための適当な嘘が全く思いついていないと自覚していても、それでも俺は、否定せざるを得なかったのだ。よりにもよってこんな下着を履いて悦に入るようなキャラだと思われるくらいなら、本当のことを素直に言った方がまだマシだ。
 覚悟を決めて立ち上がると、神尾の視線が俺を追う。
「隠しきれると思ってたのに」
 ほんのちょっとの物臭から、こんなことになってしまうなんて。でも、まあ、それも仕方のないことなのかもしれない。本格的に手を出し始めた時点で見つかることは決まっていたようなものなのだ――もともと隠しきれるようなものじゃなかったのを持ち前の集中力一つでクローゼットから神尾を遠ざけ、隠し通してきたのだ。集中なんていつまでも続くものじゃない。どうせいずれはなにかのはずみでクローゼットが開けられて、見つかってしまっていたことだろうし。
 胸に沈んだ重たさを吐き出すように溜め息をついて、俺は静かにクローゼットを開く。
 そこにあるのは、白い肌をした全裸の女性だった。
 正確に言うと、白い綿を詰め込んだビニール製の女体だった。
 一糸纏わぬ姿で素肌のビニールを晒している彼女を抱え上げ、エロ下着の真横、神尾の面前に座らせる。
「神尾の棒姉妹、あきちゃんです」
「……え?」
「言っとくけど、俺がつけた名前じゃないからな……ラブボディakiって、商品名がそうなんだよ」
「いや、お前のネーミングセンスはどうでも良くって……え?」
「なんだよ。言っとくけど俺は今死ぬほど恥じらってるところだからあんまりまともな事はしゃべれないと思えよ。あー……地球滅びないかなー……」
「え、あ、なん……こ、これって、えーっと、あれ……空気入れるやつ……あっ名前出てこない」
「ダッチワイフ」
「…………」
 途切れ途切れだった神尾の言葉はダッチワイフと聞いたとたん本格的に途切れてしまい、次にしゃべったのは実に一分と三十七秒が経ってからのことだった。経過時間が秒単位ではっきりしているのは、俺がこの場から消え去りたいという気持ちをこらえるべく、壁掛け時計をじっと見つめる作業に従事していたためである。
「……ええー……」
 心底反応に困っていますとばかりの「ええー」を漏らしながらも、神尾の目があきちゃんから逸れることはない。それは仕方のないことだ。綿とビニールでできている物体と分かっていてもなお、全裸の女体は興味を惹きつけるものである。たとえ異性愛者でなくとも、おっぱいにはそれだけの威力があるのだ。
「お、お前そういうキャラだったっけ……?」
 あと、声を掛ける時でさえちらりとも俺を見ない辺り、あきちゃんを見ている間は俺の方を見ないで済むという事情もあると思う。
「そういうキャラってどういうキャラだよ」
「だってお前、その、エロ関係あんまり興味ないんじゃ」
「……そう言われると思ったから言いたくなかったんだ……」
 傍で見ていてもはっきりと分かるほどに神尾の目が泳いでいる。本格的に反応に困り始めているようだったが、あきちゃんの身体を見る素振りを崩さないままで目を泳がせているので、ダッチワイフのボディラインを極めて真剣に鑑賞しているだけのように見えないこともなかった。
 中学一年の時に知り合ってから実に長いこと神尾を見てきたわけだが、ここまで反応に困っている神尾を見るのはこれが初めてだ。無理もない、と素直に感じる。神尾にとっては中一の頃から長年に渡って築き上げたイメージを崩壊させる衝撃の事実なのだ。俺がダッチワイフを所持しているということは。


 男子中学生といえば猿が性欲しょって歩いてるような生き物だとは数多くの先人たちが指摘してきたことだが、俺自身もまた例に漏れず、当時の俺の脳みそはテニス5割性欲4割その他1割で埋め尽くされていた。男子中学生なんてみんなそんなもんなんじゃないだろうか。橘さんほどの男にもなればちょっとは違うのかもしれないが、それでも大概の男子中学生は脳の大部分を性欲によって埋め尽くされているのだと思う。
 しかしその性欲に対してどういった態度を取るかは人によって大きく分かれる。桜井は場所を選びつつも大っぴらに口に出してしまうことで笑いに挿げ替えていたし、石田と森は良識的に、セックスがどうこうよりも健全なお付き合いに憧れているような言動を取っていた(真実のところがどうかはとにかく)。神尾と内村は思わず女子の胸の膨らみに目が行ってしまったのを桜井や俺に見つかってイジられ、「べ、別にそういうんじゃねーし! つーかそんな発想に至ったお前がエロ!」なんてぎゃーぎゃー騒ぐような、中途半端な見栄の張り方をしていたか。
 俺もまた見栄を張るタイプだったが、神尾や内村と違ったのは俺がイジられる側のキャラではなかったという点だ。下ネタには乗っかれる程度の知識はあるし社交性もあるけどぶっちゃけ女の子にそんな興味ないし性欲とかよく分かんないですというポーズを取りながら、俺は自分の中の性欲をひた隠しにしていた。自意識の過剰な男子中学生としてはこれもまた、典型的で常識的な態度の一つだろう。
 とはいえ男子中学生のやることだからひた隠すにしてもツメが甘い。結局は神尾や内村と同様、なんだかんだで傍から見れば性的なあれこれに興味津々なのがばればれというのがお決まりである。
 お決まりであるはず、だったのだが。
 俺の表情筋がよほど頑なだったのか、周囲が俺の顔色を全く気にしていなかったのか――俺の性欲は、本当に隠しきれてしまっていたらしい。それはもう、誰からも気づかれなかったくらいに。
 杏ちゃんなんかは俺と神尾が友人的な意味でのお付き合いに加えて性的な意味でのお付き合いをも開始したことを知ったとたん、「ああ、それで女の子に興味なかったんだ!」と、長年の疑問が氷解したとばかりの大変に晴れやかな笑顔を浮かべたほどだ。もちろん女の子に興味がなかったなどという事実はない。全くのデマである。「結構人気あったのに全然彼女作らないからなんでだろーって思ってたよ」と言われた時には隠れ人気とかそういうのはいいからちゃんと俺に声かけろよ女子ども! と思ったが、これはさすがに口には出さず、「そうなの……? 別に告白とかされたことなかったけどなぁ……あ、分かったぞ、これは騙されてるんだな……」程度に留めておいた。俺にだって、そのくらいの良識はある。
「あれ? 真美ちゃんとか告白したけど断られたって言ってたよ」
「真美ちゃん……? ……誰?」
「三年の時、一緒に委員会やってたでしょ。放課後に、うーん、なんだったっけ……なにか、先生に出す提出物を書いてたんだって。深司くんと二人で。その時に」
「なにひとつピンと来ないんだけど……」
「書き終わった時に付き合ってくださーいって告白したら、別にいいけど……提出って職員室でいいんだっけ、ってすごいベタなスルーのされ方したって」
「それ本当に気づいてないだけだよ」
「一応職員室に行く道で彼女とか作る気ないのか聞いてみたけど、特にないって、切って捨てられたと」
「それ素直に答えただけだよ」
 真美さんにはちゃんと、ちゃんと俺に声をかけてもらいたかったものである。今となっては顔も思い出せないような女の子だが、当時の俺なら喜んでお付き合いしただろうに。
 とにかく。
 そういう感じで自分のモテ期をなんの自覚もなく過ごした俺は恋愛というものを経験したことがないままでテニス部を引退し、中学を卒業し、高校に入学して一年くらいした頃に気がついたらなぜか神尾と付き合っていた。同性と付き合う理由に「なぜか」なんて適当なことを言うのは俺としても心苦しいのだが、本当に気がついたらそうなっていたのだから仕方がない。確か杏ちゃんに彼氏ができて、特になにを言うわけでもないけど見るからに落ち込みまくっている神尾をめんどくさい奴だなあと思いながらも眺めていたところ、あまりの落ち込みようにだんだんかわいそうな気分になってきて、どうにか別の方向に意識を向けてやろうと朝な夕なに神尾を構い倒している内になぜか付き合う流れになったんだったっけか。恐らく少女漫画で振られた女の子が慰めてくれた男の子にだんだん心惹かれてしまう系のあるある展開が神尾の中で変な感じに発生し、構い倒してやった俺への感謝と恋愛感情的なものを取り違えてしまったのではないかと思っているが、本人に訊いて確かめるわけにもいかないので正確なところは定かでない。一方、当時ゲイ関係に造詣の浅かった俺は男同士で付き合ってなにすんの? セックス用の器官ついてないんだけど、おててつないでちゅーする程度が関の山じゃないの? 程度の知識しか持ち合わせがなかったことも手伝って「別に嫌いなわけじゃないし、今この流れで断ったら俺空気読めてなさすぎだし、まあいいかー」くらいのものすごくアバウトな意気でその状況を受け入れたわけだ。その場の流れというのは実に恐ろしい。
 流れに逆らわず身を任せるという物臭をした俺は、気づけば神尾と付き合っているこの現状になんの違和感をも覚えず、どころか充足感やこの関係がいずれは終わるだろうということへの不安感をさえ抱くようになってしまった。いろいろと引き返せない大惨事である。まあ俺としては惨事っていうかこれは結果オーライなんじゃんというつもりでいるけど、このまま行くと俺の子供を見ることが叶わないだろう俺の父さん母さんを思えば、惨事と言わざるを得ないだろう。
 とにかく、そういう流れで神尾と付き合うことになった俺にとって、最大のネックとなったのはそれまでに恋愛を経験してこなかったという点だった。それを神尾にあげつらわれたというわけではない――そもそも、神尾だって大した経験はしていない。これは単純に俺の経験の薄さから来る、俺の心の問題だった。
 要するに、なにをするのも恥ずかしくて仕方なくなってしまったのである。
 初めてのお付き合いというものをしたことがある人間にならほとんど必ず同意してもらえると思うのだが、なにをしてもなにをされても気恥ずかしくて、いちいち過剰に反応してしまうのだ。舞い上がる気持ちと何やってんだろう俺と感じる気持ちが十秒ごとに入れ替わり、手をつなぐ程度のことでも手一杯(手だけに)、キスの一つでさえも並々ならぬ精神的な苦労を伴った。内心がそんな状況だなんて知れたら格好悪いので見栄を張り、全然大したことないですし余裕ですし、という顔を必死に取り繕ってはいたが、家に帰れば脳内反省会をしながらベッドの中で足をばたばたさせ、その有様が我ながら乙女チックだなあと思い、そんな自分が恥ずかしくなって足をばたばたさせていた。毎日のように母さんから静かにしろと怒られ、妹たちからもからかわれていたものである(妹たちは俺に彼女がいるものと思っているので、からかわれるたびに少し心苦しい思いをした)。
 しかしこうした俺の恥じらいに、神尾が気づく様子は全くなかった。性欲の存在を隠し切ってきたのと同様に、今回もまた、俺は平然とした顔を取り繕うことに成功してしまったらしい。そうして神尾は、事実とは見当違いのところにある考えを信じ込むようになってしまった。
 俺のことを、性欲や恋愛感情がひどく薄いタイプの人間だと判断したのだ。
 俺の反応の薄さは見栄と恥じらいの産物ではなく、欲求が薄いことに由来するものであると考えたのだろう。神尾の言動から「別に深司はもろもろの段階を進めていく必要性をさほど感じてはいないんだろうけど」と言わんばかりの遠慮や躊躇が端々に見て取れるようになってきたのを察しながら、しかし俺はそれを否定しなかった。放っておいても見栄を保てるならその方が楽だな、とさえ思っていた。これが後により大きな恥ずかしさを生み出す結果につながるとも知らないで。
 俺が表情だけでなく心の底から平然としているのだという考え違いをすっかり信じ込んでしまった神尾は、俺がなにか積極的な行動をすると、ものすごく驚くようになってしまった。ツンデレと同様の理屈である、と言えば分かるだろうか? 普段からデレはこないものと決め付けているから、分かりやすく好意を示すような行動は全て不意打ちのデレとして扱われてしまう。その度にものすごく嬉しそうにされるとこちらとしては余計に恥ずかしくてやりづらく、ついでにそのキャライメージを守らなければいけないような気にもなるので、俺はますます淡白な人間として振る舞うことを余儀なくされる。物臭と見栄が生み出したデフレスパイラルの中で、それでもどうにか己の欲求と神尾から目を示し合わせ、やる事はやってきたわけなのだが。
 そういう風に考えていた奴のクローゼットから、ダッチワイフなどという、性欲処理以外になんの用途もないアイテムが突然現れるのを確認してしまった神尾の心中は察するに余りある。
「じゃあ、これは、この……えーっと、あきちゃん? が、履いてた、の?」
 だから神尾の方でも、自分が使用したダッチワイフを恋人の前に手ずから差し出した上に具体的なプレイスタイルに関わることまで訊かれる俺の心中を察してもらえると嬉しい。
「服着せるってのは、最初から推奨されてて……ほら、妄想力を助けるだろ、衣装があると……空気じゃなくて綿詰めると一層、質量がはっきりするから、人間っぽくなるって、ネットで見て……で、やってみたら女物の衣装集めるのも楽しくなってきて……気がついたら……下着にまで、手を出して……いました……」
 神尾に敬語を使うなんて何年ぶりだろう。俺の心は既に半ば折れかけているが、もうしばらくは耐えて口を動かさねばならない。メインとなる性欲の対象が男とであるはずの俺がなぜ女性の形状をしている人形に女物の服を着せて楽しんでいたかという辺りの弁解をしておかなくては――最近の神尾は変にそっち方面の話題に敏感だから――まあ、変にということもないか。原因が俺の反応の薄さにあるのは分かりきっているのだし。 
「一回男物も着せてみたんだけど、逆にこれじゃない感が出ちゃって……あと、出し終わった後の自己嫌悪も倍くらいになるから、これはもう処理用なんだと割り切って、女の服にしてただけだから……女の子の方がいいとかそういうあれじゃないから、あんまり気を悪くしないでくれると助かるんだけど」
「処理用?」
「処理用」
「ふーん……」
「…………」
 よし、もう折れていいぞ俺の心。
 口を動かし終えると同時にぽきりと折れた俺の心は俺の頭を重たくして、俺は視線を床へ落とした。床に置かれたままにされているエロ下着の光沢が蛍光灯に照らされててらてらと光っていかがわしい。本当にひどい下着を購入したよなあ、俺。アマゾンでポチると自分がどのくらいひどいものを買おうとしてるのか実感が湧く前に買えてしまうから恐ろしい。
 神尾が大きく息を吐いて、それから、釈然としない様子の声が続く。
「なんでわざわざこんなん買ったの」
「ダッチワイフを何のために買うのかなんて分かりきってるじゃないか」
 なにを当たり前のことを聞いてるんだこいつと思って顔を上げると、あからさまにむっとした表情の神尾と目が合った。不意に俺の胸が高鳴りだしたのはときめきが原因なのではなく、恐怖とかそういった類の感情に由来するものだろう。不機嫌な神尾の目つきは普段に輪をかけて悪い。心臓の悪い子供が見たらひきつけを起こすんじゃないかと言うくらいの怖さだ。
「――俺、結構な頻度でお前と会ってたよな。そりゃここひと月は忙しかったけどよ、あれは一ヶ月で買い揃えたわけじゃねえだろ」
 目先で指し示された開けっ放しのクローゼットには、あきちゃんを保管するスペースの脇に、女性もののお洋服が丁寧に畳んで積み上げられている。駅前で見かけるコンサバ系のお姉さんを参考にした今時っぽい洋服からセーラー服やナース服のような定番衣装までそのジャンルは多岐に渡っており、収集に長期間かけていることは、一目見ただけでも十分に想像がつくだろう。余談だが、俺はピンク色のいかにも下世話なナース服が好きだ。神尾はどちらかというと白くてスカート丈の長い清潔なナースの方が好みらしく、この点に関して神尾とは分かり合える気がしないと常々思っている。
 自分の欲望を白日の下に晒されているような恥ずかしさから人知れず現実逃避を始めた俺を前に、神尾はむっとした顔を少し緩めて、その分だけ気に食わないという色をはっきりと押し出した声を吐いた。
「なぜ俺に一声かけない」
「無理」
 考えるより先に口が動いた。
「死ぬ。恥ずかしさで死ぬ」
 そんな自分の姿を想像するだけで胸と顔が熱くなってきてもう死にたい消えたいこの場からいなくなりたい世を儚んでしまいたい。そういうのは俺のキャラじゃないんだ。そんなことして神尾にちょっとでも引かれたら俺はもう精神的に立ち直れない。神尾の不安と俺の安定なら俺は俺の安定を取るし神尾の方が良くても妥協してあきちゃんで色々なもやもやを解消する。します。だって俺まだ死にたくないもの。
 というようなことを思いつくままに口走り終わると、神尾はまずぽかーんとした顔をしてみせ、次にちらと右側へ視線をやり(これは神尾がなにか考え込んでいる時の癖である)、片目を覆う厚ぼったい前髪をかき上げて、なぜかそこで急に照れくさそうに俯いた。一体なにがどうしたっていうんだ。顔を覗き込むもうと神尾の向かいに座るあきちゃんのすぐ後ろへひざをついた途端、神尾は浮かんでいた照れくささを振り払うような勢いで顔を上げて声を張る。
「おっ、お前なんのために付き合ってると思ってんの!?」
「別にエロだけが全てじゃないだろ……嫌だよなぁそういう即物的な姿勢」
「別にエロだけを除外する意味もないだろ! あーもうお前ほんとやだー!」
 おい待てやだってどういうことだよと訊くよりも早く俺の前にいたあきちゃんはそっと押しのけられ、次の瞬間には視界が真っ暗になっていた。いやそれは嘘だ。少し盛った。次の瞬間と言っても神尾が俺の方に寄ってくるだけの時間はかかっているし、目の前にあるのが神尾の服の布地であると判別できる程度の光はある。抱きすくめられて物理的にも脳の回転速度的にも動けずにいる俺の耳に響いた神尾の言葉は、ひどく嬉しそうな色をしていた。
「ちゃんと言えよなーそのくらいよー照れてんじゃねえよ中学生かよー」
 自分こそ、中学生みたいな罵り方してるくせに。
 どうしてこいつはこうも急にはしゃぎだしたのだろう。さっき口走った中に神尾を喜ばせる発言なんかあっただろうか? まったくわけの分からないやつだ。
 でもまあ不機嫌になられるよりはよっぽどいいし、体温が近くにあるのも嫌じゃないというか……うん……そんな感じなのでされるがままにされとこうと思っている間に俺の背中に回っていた神尾の手の動きが段々と不穏なものになってきて、ついでに耳元近くで「それじゃあ早速」という聞き捨てならない呟きが聞こえてきて、これはされるがままにされてる場合じゃないぞということに気がつく。
 この雰囲気、明らかに神尾は俺に尻を差し出すのではなく神尾さんの息子さんを差し出す側になるつもりでいる。交代制の協定を無視するつもりか――いや違う、それどころの騒ぎじゃない。見える、感じる、猛獣のオーラが。神尾のやつ、協定を完全になかったものにしてなし崩し的に自分が毎回俺の尻をどうにかする側に回ろうとしているんだ!
 これはまずいこのままでは色々とまずいくっそ神尾のやつ徹夜明けの鬼太郎みたいな顔してるくせにいっぱしのテニスプレイヤーみたいなオーラ出しやがってっていうかそのオーラを性交渉の場で出すってあらゆる意味でどうなの橘さんと石田が泣くぞ。
 これはもう、物臭ってる場合じゃねえ。
「ああ……じゃあ、ちょうどいいや。神尾、これ、使う?」
 心境を表に出さないために冗長なくらいの口調で言いながら、俺は脇に押しのけられたあきちゃんの足首をそっと掴み、こちら側へとずり寄せた。神尾の手がぴたっと止まる。唐突な申し出に戸惑いを隠しきれない様子だったが、しかしその戸惑いが、ドン引きと呼ばれるような気まずさに類するものでない確信が俺にはあった。
 クローゼットから出したあきちゃんを眺める神尾を見た時、俺は神尾の中に息づく、飽くなき探究心を感じたのだ。
「すごく良い物だったから、神尾にもお勧めしないとなあと思ってはいたんだ」
「大人のおもちゃをスポーツ用品かなにかみたいに……」
「なんだったら俺がやってあげるよ、上下運動。神尾は寝てるだけでいいけど」
 呆れたような言いぶりをしてみせながらも、神尾は俺の勧めを断る言葉を吐かなかった。今や神尾の手は俺の背から離れていて、俺は神尾から少しだけ身体を離し、その表情を確認する程度の身動きをとることができる。
 目で確かめた神尾の顔には、戸惑いと呆れの奥、確かに期待の色が浮かんでいた。ああ俺の目は間違ってなかった。さすが俺。そして神尾。必要なのはもう一押しだ。
「どうだい、ちょっとだけ」
 可能な限り気軽な調子で囁いた言葉に、神尾はおずおずと口を開く。俺は心の中だけで満面の笑みを浮かべながら、何の気もないふりをして、神尾の目をじっと見る。
「じゃ、じゃあ、ちょっとだけ……」


 こうして俺は神尾とあきちゃんを通じた穴兄弟になった上で神尾の尻と反応を堪能することにも成功し、ダッチワイフの存在とそれが神尾に知れてからの一連の流れは「心の重荷」から「持ちネタ」へと昇華された。ここでいう持ちネタとは誰かに話して笑いを取るためのものではなくて、夜に一人でいるときに思い返して楽しむための、良質なおかずの一品としての持ちネタである。
 一人寝の晩に恥ずかしい下着を着用したあきちゃんを抱きしめながら、誰にも言えない大惨事というのもそう悪いことばかりではないんだなあと俺は思う。これもまた、誰にも言えないことではあるのだけれど。
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